春寒の候。
一雨ごとに、春が近づいているのでしょぅか?
心なしか、そんな気配も感じられます、今日この頃。
とはいっても、雪が舞うなんて予報も聞かれますし、まだまだ、寒いですねぇ。
さて、今日の話題は、そんな雪の様に、白い素肌が美しかった、といわれます、こんな
女性の お話です。
江戸の時代のはじめ、遊女の中でも、大夫(たゆう)といわれる、最高の美貌と教養とを
兼ね備えた女性のことを ‘傾城(けいせい)’と呼びました。
大芸術家の本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)にも愛された、‘吉野大夫’は、京だけに
留まらず、全国に知られた、傾城だったそぅです。

年季といぅ、勤めの任期が終わる前に、自由の身となった吉野は、京都の郊外に住んで
いましたが、上京(かみぎょう)に住む豪商の男性が、その吉野に惚れ込み、妻に迎える
ことになります。
しかし、心無い者たちの噂によって、吉野の夫となった豪商の家名は、世の中に知れる
ことになってしまいます。
豪商の一門は、家名に傷がつくことを気にして、男性に離別を迫りますが、男性は承諾
しませんでした。
数年の後、一門の人々の耳に、人柄の優れた、吉野の評判が伝わってくる様になります。
吉野は詩歌管弦(しいかかんげん)の道に優れ、書道の名手であり、歌舞は最も得意と
する、かつては名妓(芸で身を立てる人)であったのだそぅです。
しかし、その後の遊女といぅ経歴が為に、卑しめられた訳です。
一門の女性たちは、吉野を立派な女性と知って、和解を望みます。
日を決めて吉野の夫の家に集まることにしました。
衣服には、日頃から贅沢な女性たちでしたが、この日は、名妓、吉野を意識して、目を
見張る程、豪華な装束を新たに こしらえて、気負って初対面に臨んだといいます。
訪問して吉野を探してみますが、肝心の吉野が家に見当たりません。
家中を隈なく探すと、吉野は、客の もてなしの為に、台所で働いていました。
その粗末な藍染木綿の普段着姿は、華美な装いをした女性たちよりも、はるかに輝いて
見えたといいます。
和解を願う女性たちの言葉に、吉野は涙を流して一層、へりくだった言葉と態度で臨み
ます。その吉野の、つつましい態度に、女性たちは、ゆかしさを感じて、言葉もなかった
そぅです。
そもそも傾城は、化粧をしないのが決まりで、色白の吉野は、この日も肌は素のままで
したが、藍染の粗末な普段着が、よく似あったのは、本当に吉野が美人であった証です。
吉野の夫の名は、灰屋紹益(はいやじょうえき)といい、人々に深く愛された吉野は
38歳の若さで、世を去ったそぅです。
そんな世の人に知られる吉野ですが、残念ながら、その肖像は、全く、伝えられていま
せん。
どれだけの美人だったのかは、皆さんの心の中の想像に お任せするしか ない訳です。
さぁ、あなたなら、どんな、美人を想像します?
リフォームするなら
リメイクが良い !!

Author:リメイクの飯田 東松山ショールーム
リメイクの(株)飯田
東松山ショールームからの お便りです!